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倚天屠龍記 レビュー

基本情報

作者:金庸

翻訳:岡崎由美

初版:1961年(原作)

原題:倚天屠龍記

全5巻

あらすじ

手に入れた者は江湖を制すと言われる「倚天剣」と「屠龍刀」をめぐり、正邪が入り乱れ大いなる渦が巻き起こされる。主人公・張無忌と4人の美女たちのそれぞれの恋愛模様も必見。

倚天屠龍記は射鵰3部作の最終章を飾る金庸作品となります。

印象に残っているのは、やはりキャラクターです。様々なタイプの人間がいて、その変化・成長を楽しむことができました。

今回の記事はキャラクターの感想を中心に書いていきたいと思います。

以下ネタバレ注意! 画像はドラマ版のものです。問題があればすぐに削除いたします。

張無忌

ドラマ倚天屠龍記2019より

張無忌は今までの主人公のなかでも、一番現代向きというか、平和主義で考え方がまともな気がしました。辛い境遇に陥っても割とのんきです。

郭靖や楊過は復讐や義を重んじ、思い込んだことはなかなか曲げようとせず一本気質です。ところが張無忌は「あの人の考えもわかるし、この人の考えもわかる。よし、じゃあぼくはこう行動しよう。そうするしかない。」といった感じで動いていきます。楊過はお世話になった郭靖を勘違いで暗殺しようとしたことがありましたし、郭靖は先に約束したからという理由で黄蓉ではなくコジンを嫁に選ぶことがありました。

張無忌は優柔不断で流されやすいタイプでありますが、相手の立場に寄り添って共感する能力が前の主人公たちよりも高いです。しかし、物語の人物としてみるとそれが魅力的かどうかは別問題です。それに高い共感能力が原因で様々な女性に良い顔をして悲しい結末を招くことにも。

一見、ハーレムで羨ましい限りですが、生い立ちはかなり辛いです。無人島で母、父、義父の3人で10歳まで過ごします(一番平和なひととき)。江湖に足を踏んだあとは裏切りや騙しが続き、父と母は追い詰められて自害します。さらにその段階で重傷を負い、その後難病と闘いながら死と隣り合わせの青春を送ります。野宿や放浪メインで常にボロの服をまとっている印象です。猛犬たちに噛みつかれて意識を失い殺されかけたこともあります。

つらい境遇があいまって、張無忌は神業レベルの医術を身に着けます。さらに難病の克服に応じて身に着けた武芸は過去最高峰のものです。おそらく金庸作品の中でもトップクラスの実力です。

「こいつにどうやってタイマンで勝てるの?」ってレベルの内功・技を身に着けてしまいます。

内功は九陽真経(当代無比の最強の内功です)。無尽蔵のごとく、練れば練るほど強くなる最強の内功です。お猿さんのお腹の中に隠されていた秘伝書を縁あって見つけてしまう運命から身につけます。これを使えば大抵の毒は取り除けるし、身体の治癒力も非常に高くなる。怪我した人に九陽真経の内功を送って助ける場面も多く見られます。

技は乾坤大那移(けんこんだいない)。名前からして強そうですよね。ペルシャから伝わった秘伝の奥義で、相手のエネルギーの位置を変えたり、自分のものにしたりできるチートスキルです。本来なら優秀な武芸者でも第一層から第二層まで7年、二層から三層まで14年かかるらしいのですが、張無忌は九陽真経と神医術を身につけていたので数時間で第六層まで到達しちゃいます(前人未到の領域)。明教の教主でさえ第4層までが限界だったはずです。それをものの数時間で六層までとは。。ドラゴンボールでいうところのご飯レベルの潜在能力+最強内功+膨大な医術の知識を兼ね備えていたからできた芸当です。後に少昭の協力もあり、第7層までいってしまいます。

さらに太師父直伝の太極拳・剣を受け継ぎます。

ぶっちゃけ、倚天剣と屠龍刀から得られる武林を支配できる至宝(九隂真経、武繆遺書)よりも張無忌が身につけた医術、内功やチート技の方が欲しいです。

楊過や郭靖ほどの魅力はないものの、誰にでも優しい憎めない人柄と高い道徳観で正義を貫く好漢です。イケメン張翠山と美女殷素素の子供です。背が高く、眉目秀麗という描写も見受けられます。

なお、ようやく主人公として焦点を当てられるの二巻の中盤からです。(令狐冲よりおそい……!)

周芷若

可愛くておしとやかな幼馴染系女子。

張無忌がまだ幼く、江湖に戻りたてのころ、深い内傷の発作を起こして命の瀬戸際に立たされたときがありました。そのとき、船のなかで甲斐甲斐しく食事を運んで看病してくれた色白で優しい瞳の大きな少女がいました。それが周芷若です。

成長した姿は仙女のような美しさで誰もが目を奪われるレベル。成長しても心根の優しさは変わらず、光明頂で張無忌が多数相手に苦戦を強いられたとき、自分の立場を顧みず助けようとしました。

そんな周芷若は呪いをかけられてしまいます。峨眉派の掌門である滅絶師太に張無忌とくっついたら地獄に落ちて生涯子孫は奴隷か娼婦に落ちるという誓いすら立てられるのです。そして張無忌を騙し屠龍刀と倚天剣を奪い、野心を果たせとも。。掌門の師太は育ての親同然であり、その教えは絶対の文化です。断ったら殺されてしまいます。

それでも張無忌を信じようとした周芷若でしたが、また辛い現状を目の当たりにしてしまいます。それは好意を抱いていた張無忌が小昭、趙敏、殷離と様々な美女に揺られている姿です。だんだん疑心暗鬼になっていたところに、義父の謝遜が平気で人を殺していく姿も目にします。おそらくこのあたりで彼女は壊れてしまいました。

(無忌よ、ああ無忌よ!どうしてこうなってしまったのか!)と読みながら我知らず感情移入してツッコミを入れていました。

そこからは闇堕ちサイコパスとして滅絶BBAの呪いを無情に遂行していきます。BBA(滅絶)の教えに従い、屠龍刀と倚天剣をぶつけ合わせ、中から九陰真経と武繆遺書を入手します。九陰真経のチカラを手に入れた彼女は心だけでなく、武芸も最凶の存在となります。

気づかない張無忌は周芷若と婚約します。彼女はまだ僅かに張無忌への想いが残っているような気がしましたが、なんと張無忌、趙敏に義父の消息を餌につられてしまい、結婚式で婚約の延期を宣言して消息を絶ちます。大衆の前で取り残された周芷若。これで彼女のメンタルは落ちるところまでいった気がしました。

周芷若が闇落ちし、サイコパスになったところも衝撃的でしたが、張無忌に土壇場で婚約破棄をされて、最終的に色狂いの宗青書(周芷若のストーカー)と結婚したところは目が眩むおもいでした。張無忌はそれを知り雷を浴びるくらいの衝撃を受けますが、読者の自分もショックでした。神雕侠侶で例えると、尹士平と小龍女が結婚しちゃった感じ。俺が好きなのは小龍女だけだ!の楊過だったら自殺するか、尹士平と小龍女を殺して自分も死ぬかの行動を取ると思います。ところが張無忌は趙敏という美女にも揺られているので事実を飲み込み受け入れてしまいます。

結局のところ、周芷若は張無忌の気持ちを試すためにしたことであり、宋青書には何もさせていないことがわかりました。また、性根の優しさは曲げることができず、周芷若は殷離を殺害した罪に悩み幻覚をみるようになります。

しかし呪われた境遇で培った打算的でしたたかな立ち回りは健在で、「自分と趙敏のどちらを取るのか」と悪女たる立ち回りを見せつけるようにもなります。

ともかく、周芷若は本来ならば正統派ヒロインのポジションだったはずなのに、どうしてこうなった……の代表的存在でした。本国では悪女の代表的存在になっているようですが、滅絶師太の憎しみと張無忌を取り巻く悲運に巻き込まれてしまい、呪われてしまった悲しい子のイメージです。悪女としての魅力がむしろ+になっている可能性すらありますが。

最後は張無忌と趙敏の間に現れて、「自分はまだあなたに気があるのです」という前向きな感情を見せるところが救いです。

殷離(蛛児)

張無忌の従姉妹。

絶世の美女であったのに、蜘蛛の毒を体内に取り入れる武術「千蛛万毒手」の弊害で顔が腫れてしまい醜い容貌になっています。

一人称が「あたい」、張無忌のことを「あんたねえ」と呼ぶ。勝ち気でボーイッシュ系女子にみえるが、実は究極にプラトニックな恋を抱いている。

登場時から残虐なところを見せ、張無忌を骨抜きにしてしまった美女・朱九真を容易に暗殺します。

最初に張無忌が妻にすると勢いに任せて言ってしまった女性が殷離です。顔は醜いが自分を想ってくれる性格に張無忌は感激します。しかし殷離が好きなのは幼い頃に自分の手を強く噛んだ強情で乱暴な少年・張無忌です。殷離は念願の再開となった張無忌に気づかず、乞食に変装した青年・張無忌を阿牛兄さんと呼びます。そして最後まで少年・張無忌のことが忘れられませんでした。4人の美女のなかでは一番報われないイメージです。

一度殺され埋葬されたり、一緒についてきた金花婆婆に殺されかけたり、母親殺害の濡れ衣をもったり、唯一愛した張無忌にもまともに会話できる機会が少なかったり。身寄りもなく、目指す目標もない彼女はこの先幸せになってほしいと願うばかりです。

結局、阿牛(張無忌)として接していた優しい兄さんがかつての少年・張無忌だと知っても、殷離は少年・張無忌を探して旅に出てしまう始末。「殷離が狂ったのはぼくのせいだ。でも狂っていたほうが正気な人より不幸だとは限らない」と張無忌は勝手に納得してしまいます。

生きていたことに越したことはないです。後は彼女の幸せを願うばかりですね。中国ドラマなんかでそういったスピンオフがあれば観たいのですが……。

小昭

本当は超絶美少女なのにわざと醜い表情を作ってスパイをしていたけど幼さと可愛さでうっかりそれが露呈している(周りは気づいているのに本人は大丈夫と思っている)両手を鎖に繋がれた天性のメイド系ハーフ女子。

小昭は4人の美女のなかでも一番好きです。推しです。

最初は乾坤大那移を持ち出させるために張無忌を利用したりとスパイとしての動きをとっていたのですが、一緒に過ごすうちに小間使いとしての幸せ、張無忌への想いが芽生えていきます。中盤からは完全に味方で張無忌に仕えることに無情の喜びを感じる子に成長します。

能ある鷹は爪を隠す。武芸も超一流で頭もよく、器量もいい。そして何より他のヒロインと一線を画するところは出しゃばらないところです。主張強く迫らず、あくまで張無忌のサポートとして立ち回ります。ピンチを何度も救います。

たとえ奥さんがいても小間使いとして仕えたい気持ちがあるのです。このようなタイプのヒロインは笑傲江湖の義林に近いと思えますが、小昭のような主張の少ない独特な魅力を持つキャラクターは初めての経験で、張無忌とくっついてほしいと願ってばかりでした。小昭がそばにいるときの安心感は他のヒロインよりもずば抜けています。

閉じ込められた秘道で歌を口ずさむシーン。無忌から簪をもらい、一度断りはするものの、はにかみながらも嬉しさがこぼれてしまういじらしさ。どの場面も印象的です。

結局、張無忌たちを助けるためにペルシャ本教の処女教主になり、涙を流して去ってしまいます。

小昭はハーフで「小昭、きみは将来すごい美人になるよ!」と張無忌が思わず口にするほどの美少女です。ちなみに小昭の生みの親である金庸先生はあとがきで「個人的に好きなのは小昭だ」と書いていました。

こうした結末になってしまったのは、生んだキャラがそれぞれ勝手に動いてそうなったから、と巨匠ならではの言葉を残しています。

倚天屠龍記のギャルゲーがあれば、私は迷わず小昭ルートを選んでいるでしょう。

趙敏

モンゴルのお姫様。金庸先生の十八番「ツンデレ聡明美少女」の登場です!

4人の美女のなかで一番最後に登場したにもかかわらず、一番主張が強く、一番存在感を出し、一番周囲をめちゃくちゃにした人物です。

お国柄かわかりませんが、とにかく張無忌への愛に真っ直ぐです。そのためなら脅し、だましを平気でやります。人を傷つけることも厭わない。しかし張無忌のためなら親兄弟の絆を捨ててしまう覚悟も持っています。

周趙敏に惑わされる張無忌の姿。何度周芷若は嫉妬を覚えたことでしょうか。小昭は一歩身を引き見守りつつも、いざとなったら自分が無忌を守ってみせようという隠れた気概を感じさせます。

張無忌はなんだかんだで、最後に趙敏を選びました。「骨の髄まで愛している」と言わせるほどに。

途中から祖国を捨て張無忌サイドになり、聡明な先読み能力によって何度も苦しい状況を打破していきます。その姿はツンデレ美少女の代名詞:黄蓉(射雕英雄伝のヒロイン)を彷彿させます。読みながら

結局、金庸先生はツンデレが好きなんじゃん」 と思いました。しかし、あとがきで小昭が好きと書いていたので、自分の浅い読みがハズレていたことがわかりました。でも張無忌争奪戦に勝ち抜いたのはツンデレ美少女です。それは事実ですよね……?

謝遜

張無忌の義父。明教の四大護教法王の一人。その金髪にちなんで金毛獅王と呼ばれています。

初登場時のインパクトはかなりのもの。その理不尽な強さはRPGの序盤でラスボス前の四天王の一角が出てきてパーティを全滅させるようなものでした。豪傑達を虫けらのように屠っていきます。

張翠山と殷素素を無人島に連れ去り、婚約させ、子供ができるとかつての自分の息子と同じ名前を付け、義父になります。

とても強引かつ乱暴にみえますが、なぜ成立してしまったのかというと、張翠山が良いやつすぎるからです。連れ去られた恨みなど横に置き、謝遜と義兄弟の契を結びます。そして息子の張無忌も見事父の遺伝子を受け継ぎ、江湖に戻ってきた謝遜を命がけで守り通します。

謝遜は復讐を果たし、自分の罪を償うために出家します。あれだけ人を殺めて恨みを買っていたキャラなのに、生き残るのは珍しい。。

とにかく濃いキャラクターでした。

張三豊(張君宝)

太極拳の創始者。

神雕侠侶のラストに出てきた少年・張君宝くんが倚天屠龍記のエピローグまで長生きします。

そんな張君宝くんは武当派を作り、太極拳を編み出し100歳以上を超える生き神様です。

魔教の姫君と婚約した張翠山を寛大な心で迎えたり、無忌の病気を少林寺に頭を下げてまで治そうとしたり、人柄もまさに生きた仏さま。

……のように見えましたが、獏七侠を殺めた宋青書(一番弟子の息子)を一瞬で頭蓋を割って打ち殺したところは「え……」と声が出てしまいました。

強さは天下第一と語られるシーンが多いものの、正直未知数です。

余談ですが少年・張君宝が楊過に技を教えてもらうシーン、かなり好きです。なぜかというと、天下五絶や郭靖夫妻といった最強陣のなかで隻腕で教えを施す楊過の余裕のある姿がカッコいいから。

黄衫の女

主人公たちを追い込んだラスボスをあっけなく撃退させたダークホース系神秘的美女

急に現れたこの女性の正体は何者なんだ!

九陰白骨爪を使って無双していた周芷若をあっさり破ります。登場はラストのほうです。

なぜこんなに強いのか。それもそのはず、神雕侠侶の最強カップル:楊過と小龍女の子孫だからです。

楊過と小龍女は九陰真経を学んでいます。彼らが穏やかな余生を送り、子供を授かり、そしてその子孫たちは代々武芸を引き継ぎ豊かに育っていったことが黄衫の女とそれを取り巻く少女たちから見て取ることができます。楊過は正邪の区別なんてきっと鼻で笑ってしまうでしょう。

登場シーンは少ないですが、その鮮烈な印象と最後に残した言葉で彼らの子孫であることがわかるのです。

終南山の後ろ、活死人墓あり、神鵰侠侶、江湖に迹を絶てり

感想(ネタバレあり)

射雕英雄伝のワクワクする冒険活劇感。

神雕侠侶の苦難を乗り越えた先のカタルシス。

倚天屠龍記はそれらに比べたら少し読後の余韻が弱かったです。でも好みの問題ですね。名作なのは間違いありません。

4人の美女、色々あったけど結局全員が生きていてホッとしました。

個人的には小昭>周芷若>趙敏>殷離です。歳をとって読み直したらまた違った序列になる可能性もあります。小昭は金庸作品のヒロインのなかで一番好きかも。

できれば4人全員を囲い込むハーレムエンドがみてみたかったです。もし、倚天屠龍記の恋愛シミュレーションゲームがあったら大枚はたいてでもプレイしたい。

三部作を読み終えて

射雕英雄伝、神雕侠侶、倚天屠龍記。原作が発表されてから既に60年以上が経っています。

何度もドラマ化・映画化されて高視聴率を獲得し、彼らの物語に感化され新たに歌が作られています。物語は今もなお現代まで受け継がれているのです。

おそらく、金庸の生み出した物語はこれからも受け継がれていくのでしょう。きっと100年以上。

登場したキャラクターたちは人々の心のなかで新しく動き出して、歌になったり、ゲームになったり、マンガになったり、映画になったりしています。ドラマや歌を時代別に比較すると、それぞれの時代でそれぞれの郭靖、楊過、張無忌がいるのだとわかります。

作品を読み通して、物語の素晴らしさを心から実感しました。

個人的評価95点
物語
文章(翻訳)
一部誤訳があったため翻訳はマイナスポイント入りました

読了までにかかった時間:合計約30時間

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