作者:宮本輝
初版:1967年(原作)
完結したら読もうと思っていた宮本輝さんの代表作ともいえる大河小説。
Kindleで一括購入して、とりあえず第一部を読んでみました。
感想(ネタバレあり)
主人公である松坂熊悟(まつざかくまご)という野性的な人間に惹かれるかどうか、
それがこの物語を楽しめるかどうかに直結すると思いました。
人間味あふれる登場人物をこれでもかと言わんぐらいに情緒的に掘り下げています。
戦後日本の独特の泥臭さや、雑草のように復活していく人間の底力のようなものが物語全体の雰囲気として漂っているようでした。
以下心に残ったセリフ
「人間はしあわせになるために生まれて来たんじゃ。しあわせも、人それぞれによって違うやろが、健康で長生きするっちゅうことは、しあわせっちゅうことの根本をなすもんじゃ。わしはのお、神も仏も信じとりゃせんが、それに似たもんがやっぱりあるような気がするのお。人間も、花も草も、田圃の蛙も、カラスも鳩も、雲も月も星も、みんなその正体のわからん何物かの掌の中から逃げられはせんのじゃ」
「わしはのお、その何物とも知れんもんが、どんな人間にも、それなりの天分を与えてくださっちょるような気がする。その天分を伸ばして行こうと努力することが、生きるっちゅうことじゃと思うんじゃ。えらい学者になる天分を持ったやつもおるじゃろ。うまい料理を作る天分を持ったやつもおるじゃろ。気持のええ音楽を作る天分を持ったやつもおるじゃろ。ぎょうさん気立てのええ子供を産む天分を持った女もおるじゃろ。履きごこちのええ靴を作れる天分を持ったやつもおるじゃろ。何の天分もない人間は、ただのひとりもこの世におらん」
宮本 輝. 流転の海第一部(新潮文庫): 第1部 (Japanese Edition) (p.154). 新潮社. Kindle 版.
松坂熊悟という人間の凄みを感じたとき、私は前職の統括責任者を思い出しました。
統括責任者が、自分よりもずっと年寄りのおじいさんスタッフを個室に連れていき、怒鳴ったことがありました。
明らかに非は年寄りのおじいさんにあり、統括責任者はついにしびれを切らして爆発をした、という経緯です。
個室から出てきたおじいさんは、目に涙をためて、肩をいからせながらどこかへ歩いて消えていきました。ただでさえ年寄りなのに、さらに老け込んだ様子でした。
その一部始終をみた私は「人は年齢の積み重ねではなく、過ごした経験の重み、くぐってきた修羅場の数によって、こんなにも違ってくるんだ」と心の底から震えてくるような実感がわきあがったのを覚えています。
松坂熊悟には、そのような人としての凄みがあるように思いました。
個人的評価 | 80点 |
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