父はマーヴェリック(トム・クルーズ)に似ている。
見た目、性格、実績などをマーヴェリック本人と比べると大変失礼なことだと思うが、似ているところがある。
それは生き方な気がする。父は趣味のテニス一筋で生きているようなところがあるからだ。
父は無口で変わった人間だった。
まず、父に幼い頃に遊んでもらった記憶がほとんどない。
テニスとバイクの後部座席の記憶しかない。
テニスの記憶だけは鮮烈だ。炎天下のなか、幼稚園の頃から毎日テニスの練習に連れていかれた。トロフィーを沢山持っており、未だにシニアクラスの大会に挑戦を続けている。
職人気質。頑固。スペシャリスト。亭主関白のような言葉で置き換えられるかもしれない。
親戚の話によると、母が初恋の人であり、人生最上の恋人であり、最初で最後の希望だったそうだ。
ところが父という人間、そんな母に対してもアプローチが成功して安心したのか、新婚旅行中に本性をさらけ出したそうだ。
グアムに行ったそうだが、母そっちのけでテニスの練習に一人で夢中になっていたという。
父は一つの物事に夢中になると、とことん突き詰めようとする癖がある。ハマった映画があれば毎日同じ時間に何度も観ており、家族がお茶の間で呆れていたことがある。
そんな父は初代トップガンが特に好きだった。いまだに父の書斎にトップガンのレーザーディスクやサントラが飾ってある。おそらく、限界に挑戦するマーヴェリックの価値観に共通点を見出していたのかもしれない。あるいは、憧れていたのかもしれない。
私は、無口で頑固で冗談も通じない父と普段は滅多に口をきかなかった。兄弟は3人いるが、誰も父と一緒に過ごして楽しい思いをした経験がないそうだ。
しかし、トップガンの新作は前評判も込みでどうしても父と観にいきたかった。
父の喜ぶ姿が目の前で体感できる予感がしていた。
友達のいない父は、私が母を介して誘ってみると、喜んでいたそうだ。
ところが当日、仕事帰りに映画館で待ち合わせをしていたはずが、連絡が取れなかった。
何かあったんじゃないかと母にLINEで聞いてみると「知らない。どうせテニスでしょ?」といつもの反応が返ってきた。
父は大型二輪のバイクでサングラスをかけて、ギリギリの時間にやってきた。いつものスポーツウェアを着ていた。
そして60代の父と30代の息子はトップガン・マーヴェリックのレイトショーを観た。
映画の内容は最高だった。
ネタバレになるので割愛するが、映画の各シーンで何度も父がぼそっと呟いたり、画面に指をさしたりと想像以上の反応を示していた。あの無口で寡黙な父が。
エンドロールが終わり、照明が明るくなって、親子二人は無言で立ち上がって映画館を出た。
「面白かったね」私は率直な感動を伝えたが父は深く息を吸い、深く息を吐く、しばらくそんな状態で返事がなかった。
駐車場でバイクに乗る間際、父が絞り出すような声で
「面白かった」
と呟いた。
父のこの言葉が私の全身に染みこんだ。
そしてもう一度間をおいて、「面白かった」と声を震わせて言っていた。
あの父が二回も面白かったと口にする作品。それを初回で一緒に観ることができたという事実が嬉しかった。
「やっぱりマーヴェリックだよ」
バイクにまたがり、ヘルメットを被りながら父はそういった。おそらく近い年齢で、限界まで挑戦する姿が己と重なって響いたのだろう。
トップガン・マーヴェリックで父との良い思い出が作れた。それが私にとって最高の体験だった。
ありがとうトップガン・マーヴェリック
個人的評価 | 95点 |
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