作者:金庸
翻訳:岡崎由美
初版:1967年(原作)
原題:秘曲 笑傲江湖
全7巻
前回に続き第三巻のレビューとなります。
独孤九剣を習得した令狐冲。
しかし、桃谷六仙と不戒和尚の勘違い荒治療によって8つの巨大な内力を全身に注入され不治の病となり己の内力を全て失ってしまう。(廃人一歩手前状態)
それでも独孤九剣で武功を立てる令狐冲であったが、師父の岳不群に僻邪剣譜を盗んだ嫌疑をかけられる。崋山派一行は剣術派の名人たちに襲われ、逃げるていで林平之の親戚・金刀王元覇の屋敷に身を寄せる。
そこでも王元覇の一族に僻邪剣譜は令狐冲が盗んだものと迫られ、身体を漁られて一つの書をとられてしまう。それは亡き劉正風、曲洋が合作した秘曲「笑傲江湖」の楽譜だった。
一行は神聖な地にいる老婆に楽譜を演奏してもらい、真偽を確認しようとするが……。
感想(ネタバレあり)
第三巻は仁盈盈と令狐冲の馴れ初めが印象的でした。
内力を失い、相思相愛だった想い人を取られ、育ての親にも窃盗を疑われる……。絶望の淵にいる令狐冲はいつ死んでも構わない状態でした。そんな令狐冲はある老婆に笑傲江湖を演奏してもらったことをきっかけに、琴の練習を始めます。
琴の音色に心を動かされた令狐冲は、毎日足しげく老婆のもとに教えを請いに行きます。老婆は顔を会わせられない決まりで簾越しで会話をします。何度も琴の習い事をするうちに、親切に接してくれる老婆に自分の生い立ちや現状の辛さを吐露します。
明日から急遽出発することになったと令狐冲が伝えたところ、老婆は「そんないきなり!まだ曲も途中までしか……」と、とても心配なご様子。
実はその老婆の正体は、魔教のお姫様でした!(しかもツンデレ美少女)
令狐冲の純粋な気持ち、好漢ぶりに愛着をもったのかもしれません。老婆(姫)は令狐冲に惚れてしまったのです。しかも魔教という最強の勢力の頂点に位置するお姫様です。彼女が配る毒消しは誰もが喉から手がでるほど欲しい代物であり魔教界隈では「聖姑さま」と呼ばれる存在であります。
それ故に、魔教の身内である様々な界隈の総帥たちがこぞって令狐冲に祝いの品・挨拶の品を届けて聖姑さまのゴマをすろうと試みます。
崋山派一行、そして総帥の岳不群はこれが面白くありません。なぜ一番偉い自分ではなく、弟子の令狐冲のほうが敬われているのか、とまたあらぬ疑いを持ちはじめます。
この聖姑様(老婆)と令狐冲の勘違いした会話・立ち位置は普遍的な面白さがあるように思います。
本人たちはいたって真面目なのに、読者からみたら滑稽で面白い。そんな痛快な伝統的な古い民謡や神話は昔から語られているのではないでしょうか。
令狐冲が何度も「おばあさん」と呼ぶからついイラっときてしまう聖姑様が可愛いです。
また、聖姑様の正体が魔教の元教主「仁我行」の娘「仁盈盈」だとバレたときの、ツンとしたときの態度。そして令狐冲が去ろうとしたとき呼び止めて「私の口から言わせる気なの?」と好意があることを自分の口から絶対に割りたくないプライドの高さ等、面白くてしょうがないです。
このツンデレ美少女が60年以上前に描かれたと思うと、思わずニヤリとしてしまいます。しかも武芸は達人クラスで小林寺の名手2名、嵩山派の名手1名を相手に1v3で殺します。
しかし岳霊珊よりずっと綺麗ではにかみ屋の仁盈盈に出会ったからといって、令狐冲の心はまだ岳霊珊に想いを寄せています。もうすでに林平之と婚姻を済ませているのでは、と被害妄想に駆られたりして「いつ死んでもいい」状態のままです。
この令狐冲の女性に対する一途な想いの強さを「嫉妬心が強い」「未練がましい」と非難する声があるのも頷けますが、私はこの人間臭さが好きです。
岳霊珊が林平之にとられてしまった。だからといって林平之に対して酷い行いはできない。嫉妬して未練がましく思う自分を「器量の狭い人間」だと自己批判する令狐冲が好きなのです。
第四巻へ続く
読了までにかかった時間:約4時間